2011.4.6/4.8最新

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福島区歴史研究会会員論文


遊里「新堀」と“ぴんしょ”について

−俗語“ぴんしょ”の語源−

岡倉 光男

『大阪春秋 98号』大阪春秋社 2000.3 所収


 江戸中期から明治の初めにかけておおっぴらに言うのが憚られた俗語“ぴん しょ”の語源が判明した、と筆者は思っている。その解説に入る前に“ぴん しょ”がよく使われていた西区の堀江と安治川沿いの現在の福島区にあった新 堀の内、「新堀」について纏めておく。  貞享元年(一六八四)河村瑞賢が九条島を開削して一直線に海へ注ぐ新川建 設の大工事をわずか二〇日という短期間で完成させた。これがいまの安治川で、 当初は新川・新堀川と称されていた。そのとき幕府は新地開発の繁栄策として 新堀一・二丁目(後に安治川上通り一・二丁目、現在、大阪市中央卸売市場の ある野田一・四丁目にまたがる)に茶屋株・風呂屋株・煮売屋株及び芝居の興 業等をそれぞれ許可した。享保の頃にいたり、茶屋は茶立女、風呂屋は髪洗女 等をおいて、揚屋遊女の形をなし、天保十三年末には飯盛女付旅籠屋を許可し、                   めしたきおんな 翌年十月さらに旅籠屋を泊茶屋、抱女を飯焼女と名付け、泊茶屋の数を限らず 飯焼女の総人数を二三二人と定め、遂に半公認の遊女町の一郭を形成した。  【四大組町組編成図(明治2年)大阪府全志附図の内 略】  諸国の廻船は安治川を遡って元禄十一年にできた初代の安治川橋(現・中央 卸売市場業務管理棟南の向い側、少し上流付近)の近くに碇をおろし、その帆 柱を林立させていた。「出船千艘入船千艘」と称えられ、木津川口を凌いで賑 わった。汐の満干によって出帆あり、着船あって、新堀の旅籠に弦歌の声さわ がしく、その賑わい例えようもなし、とその当時の書物などに書かれている。 遊里「新堀」には船員、舟子は絶えず雑踏し、繁栄日に日に増し、「新堀節」 なる唄まで作られた。またいわゆる私娼が横行し、ことに取締に遭いにくい停 泊中の船に行き、売春する妓を「ぴんしょ」と言い、船人たちに饅頭を売ると いう名目で小舟を漕いで近寄った。後には客を小舟に乗せ、船頭が漕いで川筋 を巡るあいだに「ぴんしよう」「伽やろう」で稼いだと伝えている。  この新堀は他の遊里と異なり、歌妓と娼婦を兼ね、年期の長ずる妓を古瀬と 呼び、小なる妓は新造と呼ばれた。当時「新堀」で遊んだ人が詠んだ漢詩数首 が残っている。   しん  ぼり   しのざさぶこう   新 濠   筱崎武江  燈火如花俯水流 倚欄娼婦媚含羞  妾心無転重於碇 夜々不離江上舟   ―『大阪府全志巻之二』一一〇五頁)  (燈火、水面に花と映える。娼婦、欄干にもたれて、はじらいながら   媚びる。男に尽くす心は、碇のように重く変らず。夜毎、江上の舟   を離れない。  慶応四年七月(九月より明治)川口居留地ができ、風紀と取締り上から同年 十一月、散在していた遊里を集め松島遊郭を開いた。そのため新堀は次第に寂 れ、同所に住友伸銅所ができた明治三十年には最後の二軒が廃業、消滅した。  さて、“ぴんしょ”について手許の小学館発行『日本国語大辞典』によれば  「ぴん」は一の意の「ピン」で米一升で売春するところから、また一説に、  「びんしょ」の変化した語で、便船の意からとも。江戸末期、大阪の安治川・  木津川の河口で船人を相手にした私娼。  以上のように説明されている。また柏書房刊の『町人文化百科』(第四巻) や雄山閣出版刊の『図録 性の日本史」にも同様の解説があり、その他、米を ピンハネしてそれで春をどうとか。“しょ”は所であるとか説明されている。  筆者の結論は中国語を基にした造語であり、当時、舟子や好事家の人口に膾 炙されたと思われる。  光生館版の『現代中日辞典』、あるいは北京商務印書館と小学館の共同編集 の『中日辞典』では  「(識)」(PiNShi)夫婦でない男女がなれあいの関係を結ぶ。配偶者  以外の異性と性行為をする。不倫。  と説明があり、明らかに“ぴんしょ”と類似しており、これ(ぴんし)に日 本語の「(し)よう」がついた造語と考えられる。念のためYOと発音する中 国語を引くと)があり、文末に置いて同意を求める語気を表す、とある。 これだと“ぴんしょ”は全部中国語ということになる。  延享年問(一七四四〜四七)には安治川上一丁日には海外輸入品を扱う豊後 屋市右衛門店があり、中国(清)船員が来阪していたか、言葉だけが伝えられ て使われていたのではないか。“ぴんしょ”が局地的に使われていたこと、明 治中期以後、死語になったことを考えると外来語ならさもありなんと納得がい くのだが、諸兄の御判断、御教示を乞いたい。                             (本誌賛助会員)


管理人註
『大阪春秋』掲載のものに少し訂正・修正をしています。


井上正雄『大阪府全志 巻之二』 「第九聯合」(なにわふくしま資料館)


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